ラッシュガードを買おう

もし銀を預けている人全員、もしくは一部の人たちが一斉に銀を返すように求めたら、銀の返還が不可能となり、銀行は倒産してしまう。
しかし、預けている人たちによる銀の一斉返還要求など起きそうにないので、銀行家たちは、預金額よりも多く貸し出しを実行しても安心していられるのである。 「取り付け騒ぎ」は、預金者が銀行の健全性に対する信頼を失い、群れをなして銀行に詰めかけ、自分の預金を引き出そうとするときに発生する。
その際、預金者は、一斉に詰めかけても預金を返してもらえないなどとは考えない。 預金者は自分の財産を守ろうとしているだけだ。
現在の状況と歴史を見てみると、取り付け騒ぎは銀行が預金を返せないのが原因で起きているのに、預金者は、わがまま、反社会的、そして反愛国的として非難されている。 定期預金の場合、預金者はある期間内に預金を引き出すとその分のペナルティを課せられることに最初に同意している。
銀行は定期預金として預かった資金は取り付けの懸念なしに貸し出すことができる。 貸し出した資金が、預金者の定期預金が満期になる前までに返済されるようにすればよい。
それによって銀行は、預金者からの引き出しに対応するのに十分の資金を用意できる。 連邦準備制度のような中央銀行は、各銀行の貸出による資金の創造に協力しているので、銀行システム全体が膨張する。
連邦準備制度が新しく資金を創造することで、銀行システムが使える資金の量が増加する。 また、利益を追求する銀行は、新しく得た資金を法律で決められた限度額いっぱいに貸し出す。
銀行は、連邦準備制度から受けた資金の増加率と同じだけ貸出を簡単に言うと、銀行の準備預金率の制限まで最大貸出ができるということである。 準備預金というのはその名が示すとおり、中央銀行が各銀行に、預金者が引き出しても大丈夫な分の資金を保有しておくように義務付ける制度のことである。
連邦準備制度が紙幣発行を独占しているので、銀行は紙幣を発行することはできない。 しかし、当座預金という形で、実際の預金の裏付けのない貸出をすることができる。

借り手が当座預金から現金を引き出したい場合、銀行は連邦準備制度から資金を借りて、預金者に返している。 すべての銀行が同じ上昇率で通貨供給を拡大することで、ある銀行が発行した小切手を他の銀行で換金するというような様々な払い戻しの要求を、銀行間で協力して行なう傾向がある。
銀行が連邦準備制度の望ましいと思う率を超えて貸出を増加させる場合、銀行は資金不足に陥ることがある。 もし、各銀行がFF市場に回せるほどの預金を持ち、ある銀行が、短期的に資金を必要としている他の銀行に貸し出せるだけの余剰資金を持っていたとしても、資金不足は起こりうる。
極端な場合には、連邦準備制度が、「最後の貸し手」として増やす傾向がある。 て行動する力を持ち、資金不足に陥った銀行に追加の資金を貸し出したり、銀行から資産を買い取って資金を融通したりする。
取り付け騒ぎが起きるのは銀行に責任がある。 しかし、中央銀行と預金保護制度の存在によって、取り付け騒ぎの発生の可能性は低くすることができる。
中央銀行と預金保護制度によって銀行は救済されることになっているし、人々はこうした制度が健全であると誤解させられているのだ。 その結果、銀行は倒産しないようになった。
そして銀行部門全体が純粋な競争に晒されることがなくなり、同じような人々が同じような戦略と慣習を行なうだけになってしまった。 アメリカでは一九○七年の恐慌が発生した際、銀行が預金者に預金を返還するという義務を果たせなかったために、中央銀行設立への機運が高まった。

一九○七年一○月二一日、ニューヨークのニッカボッカー信託銀行の破綻に端を発する取り付け騒ぎが発生した。 その三日後、ニューヨークで二番目に大きい信託銀行でも取り付け騒ぎが起きた。
各銀行が自分たちの預金を保護してくれないと考えた預金者たちは、アメリカ国中の銀行に押しかけ、預金の引き出しを求めた。 銀行は預金者からの引き出し要求に応じられなかった。
それは、引き出し要求に応じられるだけの現金を持っておらず、預金の多くを、利息を稼ぐために貸出に回していたからだ。 銀行はこうした預金者からの預金返還の要求に応じるために、大量の債券を売って現金化しなくてはならなかったが、債券の価格は下落し、銀行の保有する資産の価値も下落した。
経済学者のJは、一九○七年に発生した恐慌と取り付け騒ぎを次のように解説している。 「アメリカ国内には、銀行が追加の資金を必要としているときに資金を貸し出す、最後の貸し手や銀行のための銀行のような存在がなかった。
二○世紀の初頭、そのような機関の創設の必要性が高まった」スマイリーは自由市場を信奉する経済学者だが、通貨に関しては規制すべきだと考えている。 従って、スマイリーは、政府による解決を求めないが、ある重要な疑問に対する答えは用意してあることが分かる。
それは、銀行が預金者の要求に応じるだけの資金を持っていないという緊急時に、銀行を助けることができる機関の「必要性」が高まっていたと書いていることで分かる。 しかし、そもそも銀行が、預金者の金を無責任にもてあそぶような運用をすべきではないというのは間違った考えなのだろうか?私は、銀行が誠実に対応するか、それができなければ倒産し、清算させる「必要」があると主張する。
このような主張が全くなされなければ、金融部門に「救済策に頼ればよい」とするメンタリティーがはびこることになる。 長い期間存続しているすべての機関と同じように、連邦準備制度は、学者たちの怠慢によって利益を受けている。
連邦準備制度は、「連邦準備制度のような機関こそ研究に値する」と学者たちに思わせないことに成功している。 「政治権力を懐疑的に見てチェックする事をモットーにしているような人でさえ、連邦準備制度については口をつぐんでしまう。
学者の怠慢によって、小学校から習ってきた教科書に書いてある政府のあり方が現実にもそのまま存在するという子供じみた考えをアメリカ人が持つようになってしまっている。 そうした子供のような考えを持ったアメリカ人は、国民が自然発生的に銀行システムの改革を求めるとき、公共に奉仕する心にあふれ、公共財の充実に力を注ぐ政治家たちがアクションを起こし、適切な立法をしてくれると考えてしまう。

そしてその結果として、政治家たちは通貨システム全体を管理し、現代最高の経済学を基に運営される機関を創設する、ということになる。 こんなシナリオは全くもって正しくない。
多くのアメリカ人が連邦準備制度についてほとんど何も考えたこともないが、連邦準備制度ができた経緯については大体分かっているという振りをする。 連邦準備制度が創設された経緯とは以下の通りである。
一九一三年に連邦準備制度法が可決された。 この法律は、公益のために作られた法律の振りをしているが、実際は、銀行家のための法律であった。
実際のところは、民間の銀行家たちが、意味している。 詳しく見ていこう。
連邦準備制度は有価証券を購入するが、通常はアメリカ政府発行の国債を購入する。 通貨供給を増加させたい場合には国債を購入する。
例えば、国債の取り扱い企業連邦準備制度法の草案を書いたのだ。

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